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大阪高等裁判所 平成10年(ラ)359号 決定

別紙当事者目録記載のとおり

主文

原決定を取り消す。

相手方らの本件移送申立をいずれも却下する。

理由

第一当事者の求める裁判

一  抗告人

主文同旨。

二  相手方ら

本件抗告を棄却する。

第二当事者の主張

一  抗告人

別紙抗告状及び抗告理由補充書七通(各写し)〈省略〉のとおり。

二  相手方ら

1  相手方山一證券株式會社ほか一名別紙意見書(写し)〈省略〉のとおり。

2  相手方Y1

別紙意見書及び上申書五通(各写し)〈省略〉のとおり。

3  相手方Y2

別紙意見書(写し)〈省略〉のとおり。

第三当裁判所の判断

一  原移送決定、当裁判所の判断

原裁判所は、当事者間の衡平を図るため、かつ、訴訟の著しい遅滞を避けるため、その必要があるとして、相手方Y1及び同Y2については本件移送申立により、相手方山一證券及び同Y3については職権で、本件訴訟を東京地裁に移送する旨決定した。

当裁判所は原決定の右認定判断を是認することができない。その理由は以下のとおりである。

二  移送申立の趣旨、理由

本件移送申立の趣旨は「本件訴訟を東京地裁に移送する。」であり、その理由及びこれに対する抗告人の主張は、原決定理由第二の二ないし四(四頁末行目の文頭から八頁四行目の文末まで)記載のとおりであるから、これを引用する。ただし、原決定五頁一〇行目、六頁一〇行目及び八頁二行目の各「茨木支店」をいずれも「枚方支店」と改める。

三  管轄について

1  請求原因の概要

相手方山一證券は、二〇〇〇億円を超える多額の債務を簿外債務として隠蔽し、平成九年三月三一日までの第五七期有価証券報告書及び同年九月三〇日までの第五八期中半期報告書に虚偽の記載をして、これを大蔵大臣に提出していた。相手方Y1及び同Y2は右有価証券報告書の提出時に取締役であった。相手方Y3は右半期報告書の提出時に代表取締役であった。相手方Y1らは、同山一證券の不健全な経営実態を隠し、従業員らをして、同社の株式の販売等に当たらせていた。抗告人は、同年一一月一四日、相手方山一證券枚方支店で同社の株式を買い付け、同月二一日、その売付の注文をしたが、同支店従業員Aから値上がりが確実であると言われたため、右注文を取り止めた。ところが、その後すぐに、相手方山一證券は、右簿外債務が外部に発覚して、業務を続行することができなくなり、同月二四日、自主廃業に追い込まれた。抗告人は、その所有する株式が暴落して殆ど無価値となり、ほぼ購入価額に相当する損害を被った。よって、抗告人は、相手方山一證券に対し、民法四四条一項、七〇九条に基づき、また、相手方Y1らに対し、証券取引法二四条の四、二四条の五第四項、商法二六六条ノ三第一、二項に基づき、損害の賠償を求める。

2  管轄

右請求原因事実によると、抗告人は、大阪府に住所を有するから、不法行為地(民訴法五条九号)ないし義務履行地(民訴法五条一号)を管轄する大阪地裁に本件訴訟を提起できる。

他方、本件訴訟については、相手方らの住所地(民訴法四条)又は不法行為地(民訴法五条九号)ないし併合裁判籍地(民訴法七条)を管轄する東京地裁にも管轄がある。

3  管轄の選択と移送

このように一個の訴訟について複数の管轄裁判所が存する場合には、その間に優劣はなく、原告が自らの都合によりその一つを選択して訴訟を提起することができる。しかし、従来から、約款や定型の契約書による管轄合意の利用とあいまって、原告の便宜的な管轄選択の名のもとに、その不当ないし濫用的な選択が行われ、被告が応訴に過酷な現実的負担を強いられる場合や訴訟経済に著しく反する場合が生ずることも少なくなかった。そこで、民事訴訟法は、選択された裁判所において、このような当該訴訟の審理が適当でない事情があれば、これを他の管轄裁判所に移送することにより、右不都合を回避し得ることを定めている(民訴法一七条)。したがって、同条所定のこうした事情が認められない限り、結果的には、原告による管轄裁判所の選択に従うほかない。そこで、次に、民訴法一七条所定の移送要件の有無について検討する。

四  訴訟の著しい遅滞について

1  相手方らの主張

(一) 本件訴訟の主たる争点

(1) 簿外債務の作出及び有価証券報告書等に虚偽の記載がなされた経緯。

(2) これに対する相手方Y1らの関与の有無と態様及び職務執行上の悪意又は重大な過失の有無。

(3) 抗告人の損害とその額及び相手方Y1らの行為との間の因果関係の有無。

(4) 相手方山一證券従業員による株式買付の勧誘と売付取止めの説得の経緯等。

(二) 訴訟の著しい遅滞

右(一)の各争点の証明及び反証のため、関係書証を取り調べるほか、主として、相手方山一證券の関係者ら及び同Y1ら取締役を人証として取り調べる必要がある。その関係書証の大半は相手方山一證券の本店に保管され、その他の書証についても東京にある。とくに、人証については、殆ど全員が東京ないしその近郊に居住している。これらの事情からみると、大阪地裁で本件訴訟の審理を行うと、期日の調整や人証の出頭の確保等に多大の困難が伴うことになり、東京地裁で審理した場合と比べて、訴訟の著しい遅滞が生じる。

2  検討

本件訴訟は、現在、第一回口頭弁論期日が開かれ、訴状、答弁書及び抗告人の準備書面の各陳述がなされただけの段階にある。相手方らは、Y1を除き、抗告人らの請求を棄却する判決を求めている(Y1は答弁書を提出していない)。相手方山一證券及び同Y3は、概ね請求原因を否認して争っているものの、一部については認否を留保しており、その反論の詳細は不明である。相手方Y2は請求原因の全てについて認否を留保している。したがって、そもそも、第一回口頭弁論期日が終了したに過ぎない現段階で、本件訴訟の争点を正確に把握することはできない。それ故、本件訴訟において、現時点でどのような証拠調べが必要かを論じてみても、それは所詮不確実な予測にすぎないのであって、本件訴訟の性質に照らし、それのみに基づいて訴訟の著しい遅滞の有無を判断すること自体に無理があり、相当ではないというべきである。本件訴訟の争点整理が進行し、審理にある程度の見通しがついた時点で、その必要があれば、改めて右要件について検討すれば足りると考える。

3  本件争点と訴訟の著しい遅滞

本件移送申立に関する当事者双方の主張及び証拠関係をも勘案すると、相手方らの指摘事項のいくつかは、本件訴訟の争点となる可能性がないではない。そこで、これを前提にして若干敷衍した検討をする。

(一) 一件記録によると、概ね次の点を指摘することができる。

(1) 右争点について、これらを証明し、あるいは、弾劾する証拠は、関係書証のほか、相手方らないし監督行政庁関係の人証が中心となる。取調べを要する人証も相当数に上る。そして、関係書証のうち、有価証券報告書、各種帳簿類、取締役会議事録等及び相手方Y1らの刑事記録は東京にある。人証の多くは東京ないしその近郊に居住している。

(2) これに対し、抗告人関係の人証は、相手方山一證券枚方支店従業員を除き、必ずしも取調べを要するとはいえず、仮に要するとしても少数で足り、売買報告書や領収書等の関係書証、あるいは、陳述書で賄える公算が大きい。

(3) そうすると、証拠調べ期日の調整や人証の出頭確保等の観点からみて、本件訴訟における関係書証や人証の取調べのためには、大阪地裁よりは東京地裁の方が便宜であるといえるかもしれない。

(二) しかし、書証は、それがどこに存在しようとも、証拠としての性質上、その取調に要する時間や手数にそれ程違いがあるわけではない。それ故、関係書証が東京に偏在しているからといって、大阪地裁でその取調べを行うことが訴訟の著しい遅滞を招くとはいえない。

また、大阪地裁の所在位置、東京大阪間の距離及び今日における発達した交通事情に照らすと、同裁判所での人証の取調べに、それほどの支障があるとは考えられない。それに、場合によっては、テレビ会議システムや書面による尋問等を活用する方法もある。そうであれば、大阪地裁で人証の取調べを行っても、これを東京地裁で行う場合と比べて、訴訟が著しく遅滞するということはできない。

(三) 相手方らはこうも主張する。当事者双方に多数の訴訟代理人があることからみて、争点整理や証拠調べについて、その期日の調整に手間取る。とくに、相手方らの訴訟代理人が三グループに別れており、二グループの訴訟代理人は東京に事務所があることからみて、大阪地裁で審理すると、右調整が難航する、と。

しかし、電話、ファックス等の通信や交通手段の発達した現在において、東京、大阪の両裁判所間で、期日調整に大きな差異が生じることはない。しかも、東京に事務所のある二グループにはそれぞれ複数の訴訟代理人があり、その間で役割分担することが期待できる。また、相手方山一證券及び同Y3の訴訟代理人は大阪に事務所を有している。それのみならず、争点整理や証拠調べに関して新設された民訴法の各種手続きを活用することにより、本件訴訟の進行を促進することが可能である。また、場合によっては、弁論を分離することで、解決を図ることも考えられる。そうすると、右事情があっても、大阪地裁で本件訴訟の審理を行うことにより、訴訟が著しく遅滞するとはいえない。

4  小括

以上のとおり、大阪地裁で本件訴訟の審理を行っても、東京地裁に移送して審理を行う場合と比べて、訴訟が著しく遅滞するとはいえない。

五  当事者間の衡平について

1  相手方らの主張

前示四の1の事情からみて、大阪地裁で本件訴訟の審理を行うと、東京地裁でその審理を行う場合と比べて、時間、労力、費用の点で、相手方らの負担が著しく増大する。とくに、本件と同種訴訟が全国の裁判所に提起されることになると、応訴することすら困難になる。

2  検討

(一) 隔地者間の訴訟について、複数の管轄裁判所が認められる場合には、どの裁判所で審理を行うとしても、出頭の難易、費用負担の面で、多かれ少なかれ当事者の一方に有利で他方に不利な状況が生じる。そして、相手方らには共通する人証がかなりあるといえるから、各自の分担により、費用負担は相当節減できるはずである。また、そもそも、前示四の3の事情に照らすと、大阪地裁で本件訴訟の審理を行うことにより、相手方らの負担が著しく増大するともいえない。少なくとも、相手方らの負担の増大が、本件訴訟を東京地裁に移送した場合に生じるであろう抗告人の負担の増大と比べて、はるかに大きく、その間に著しく均衡を失すると認めるに足る的確な証拠がない。それのみならず、相手方らの方が、抗告人に比べて、格段に資力の点で劣っているとか、移動が困難な健康状態にあるともいえない。そうであれば、大阪地裁で本件訴訟の審理を行うことにより相手方らの負担が増大するとしても、この相手方らの不利益は、当事者間の衡平を図るという観点からしても、東京地裁への移送をあえて必要とする程度のものとは認められない。

(二) 一件記録によれば、本件と同種訴訟が、大阪地裁に数件係属しているほか、仙台、東京、広島の各地裁にも係属していることが認められる。そして、相手方らは、その被告となった相手方らにとって、応訴費用の負担だけでも、軽視できぬ出費となると主張する。

しかし、民訴法一七条にいう当事者間の衡平とは、当該訴訟における当事者間の衡平のことであって、その当事者の一方が他の裁判所で別人との間で同種訴訟を追行していて、その点で利便があることとは本来無関係である。その間の調整は、関連事件ないし弁論の併合、分離を考慮することにより、処理すべきである。それ故、この点を管轄の移転につきことさら重視することは適当でない。それに、そもそも、相手方らは、全国的規模で営業活動を展開して利益を得てきた大会社とその取締役であるから、その結果、これに関連する訴訟が全国の裁判所で提起されることになっても、やむを得ないところがあり、その応訴の負担を受忍するほかない。

3  小括

右のとおり、当事者間の衡平を図るため、本件訴訟を大阪地裁から東京地裁に移送する必要があるともいえない。

六  以上によれば、大阪地裁で本件訴訟の審理を行うことについて、民訴法一七条所定の移送要件があるとは認められない。

したがって、相手方Y1及び同Y2については本件移送申立により、相手方山一證券及び同Y3については職権で、本件訴訟を東京地裁に移送した原決定は相当でない。

第四結論

よって、本件即時抗告に基づき、原決定を取り消し、本件移送申立をいずれも却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 吉川義春 裁判官 小田耕治 播磨俊和)

〈以下省略〉

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